› ミーグルグル › home2010年02月13日
大自然を走ろう
さわやかに西表島の大自然を走ろう!

第17回やまねこマラソン大会が行われた。西表島の西部、上原から白浜までの11.5kmの折り返し23kmコースである。
主催者のポスターをみると、いちばん長く楽しめる23km、初心者オススメ10km、中学生対象3km、3つのコースがる。
1468名がエントリーして1371名が完走した。23km制限時間(3時間20分)に数分まに合わず涙を呑んでいた、わがお嬢も今回は完走した。
制限時間2分前!大健闘である。おめでとう!応援のフクちゃんもお疲れさん。

第17回やまねこマラソン大会が行われた。西表島の西部、上原から白浜までの11.5kmの折り返し23kmコースである。
主催者のポスターをみると、いちばん長く楽しめる23km、初心者オススメ10km、中学生対象3km、3つのコースがる。
1468名がエントリーして1371名が完走した。23km制限時間(3時間20分)に数分まに合わず涙を呑んでいた、わがお嬢も今回は完走した。
制限時間2分前!大健闘である。おめでとう!応援のフクちゃんもお疲れさん。
2010年01月09日
寅年があけた
”我や虎でもの羽着けて給ぼれ波路パシフィク渡てみやびら”虎年の元旦にふさわしいこの琉歌を唄い新年を迎えました。
昨年は沖縄の悲願である基地撤去の声が全国を駆け巡りました。この歌は山内盛彬氏の作・ひやみかち節です。羽をつけて海を越え日米政府に”即時無条件返還”を訴えたいものです。
本年も宜しくお願い申し上げます。
体調がすぐれずキーボードを叩く気力がなかったことが一番の原因だ。今年は健康を取り戻すこと、そのためには病院嫌いを払拭し医学のチカラも頼りにしよう。生活のなかにスポーツすることも取り入れよう。
やはり・・・
健康が一番!
ですね。
2009年11月08日
西表イルンティ節祭シチ
節祭(シチ)

西表島で最大の行事である節祭(シチ)に行ってきた。今年は旧暦9月4日(己亥)から3日間に渡って行われた。収穫を感謝し来年の豊作を祈願する秋祭りは日本の各地に見られるが西表の節祭は500年の歴史を誇り重要無形民俗文化財として指定された国宝クラスの行事である。

節祭は祖納地区(前泊海岸)、干立地区(前の浜)、船浮地区の各集落で行われた。フタデムラの干立公民館にある告知板にはトシヌユ(10/21)、ユークイ(10/22)、ウイヌカー儀式(10/23)の日時が掲示されている。稲作文化の正月がユークイでその前後に大晦日と清めの日と続いている。

トシヌユ(10/21)、公民館に旗頭が3本立ち上がった。ユークイ用に化粧したサバニが2艘、その近くでは男性の狂言や棒芸、アンガァー踊りのリハが行われ、子どもたちも熱心に奉納踊り棒芸の稽古をしている。干立御嶽(フタデウガン)の前で演舞できるのは稽古している中の数人だという。夜遅くまで演舞者を決めるオーディションが行われていた。
西表島で最大の行事である節祭(シチ)に行ってきた。今年は旧暦9月4日(己亥)から3日間に渡って行われた。収穫を感謝し来年の豊作を祈願する秋祭りは日本の各地に見られるが西表の節祭は500年の歴史を誇り重要無形民俗文化財として指定された国宝クラスの行事である。
節祭は祖納地区(前泊海岸)、干立地区(前の浜)、船浮地区の各集落で行われた。フタデムラの干立公民館にある告知板にはトシヌユ(10/21)、ユークイ(10/22)、ウイヌカー儀式(10/23)の日時が掲示されている。稲作文化の正月がユークイでその前後に大晦日と清めの日と続いている。
トシヌユ(10/21)、公民館に旗頭が3本立ち上がった。ユークイ用に化粧したサバニが2艘、その近くでは男性の狂言や棒芸、アンガァー踊りのリハが行われ、子どもたちも熱心に奉納踊り棒芸の稽古をしている。干立御嶽(フタデウガン)の前で演舞できるのは稽古している中の数人だという。夜遅くまで演舞者を決めるオーディションが行われていた。
2009年10月31日
秋台風
秋台風(台風20号)
秋に発生する台風。日本の南海上で進路を北東に変え、速度を早めながら日本付近に近づくことが多い。台風20号は代表的な秋台風の動きではないだろうか。
秋の天気のように変わりやすい空模様を“女心と秋の空”と表現することがあるが、今度の秋台風は最新兵器を装備した米海軍でもフィリッピンのルソン島北部を通過し南シナ海へ消えていくと云う予測を出した。それに反し何と変わり身の早い秋台風だったことか。
21日から西表島へ行く予定があったので台風情報が気になっていた。米海軍の管轄である米軍合同台風警報センター(JTWC)の情報を見ることにした。
10月18日に調べたときの台風進路図

台風20号は北上せずに,フィリッピンに向け西進している。西表島へ船で渡る予定の21日はバシー海峡の東側、西表島の真南に位置するようだ。沖縄県が暴風圏に入る可能性は低いが波浪警報は出るかも知れない。この米海軍予報では21日が西表島への再接近で後は南シナ海へと遠ざかっていくのを待つだけだ。
21日には西表島の西部にある上原港に向け安栄観光高速船に乗船したが風の影響が少ない東部の大原港へ急遽変更になった。波の高い海峡を上下に激しく揺れながらも無事に大原港に着いた。
10月25日に調べたときの台風進路図である。

東西の高気圧に挟まれた台風は行き場を失った。結局日本列島に沿って北上し北海道の納沙布岬を過ぎて27日に消滅した。低気圧と高気圧が交互に発生し通過する秋の天気をJTWCも読めなかったようだ。

西表島東部の干立で用事を済まし帰途についたのが24日であった。干立集落の近くにある上原港から出る船は台風の影響で欠航、西表島を半周し大原港から石垣港へ向かう。AM9:20の大原港発第二便に乗船できた。これ以降は全て欠航となった。激しい揺れのなかシートベルトを着用し40分で石垣港に無事着いた。
伊豆諸島の八丈島近海で第1幸福丸が波に飲み込まれたのも24日から25日かけてである。奇跡的に3人が救助されたが船長が死亡、まだ4人が行方不明である。自然の怖さ「板子一枚下は地獄」を実感させられた秋台風であった。
秋に発生する台風。日本の南海上で進路を北東に変え、速度を早めながら日本付近に近づくことが多い。台風20号は代表的な秋台風の動きではないだろうか。
秋の天気のように変わりやすい空模様を“女心と秋の空”と表現することがあるが、今度の秋台風は最新兵器を装備した米海軍でもフィリッピンのルソン島北部を通過し南シナ海へ消えていくと云う予測を出した。それに反し何と変わり身の早い秋台風だったことか。
21日から西表島へ行く予定があったので台風情報が気になっていた。米海軍の管轄である米軍合同台風警報センター(JTWC)の情報を見ることにした。
10月18日に調べたときの台風進路図

台風20号は北上せずに,フィリッピンに向け西進している。西表島へ船で渡る予定の21日はバシー海峡の東側、西表島の真南に位置するようだ。沖縄県が暴風圏に入る可能性は低いが波浪警報は出るかも知れない。この米海軍予報では21日が西表島への再接近で後は南シナ海へと遠ざかっていくのを待つだけだ。
21日には西表島の西部にある上原港に向け安栄観光高速船に乗船したが風の影響が少ない東部の大原港へ急遽変更になった。波の高い海峡を上下に激しく揺れながらも無事に大原港に着いた。
10月25日に調べたときの台風進路図である。

東西の高気圧に挟まれた台風は行き場を失った。結局日本列島に沿って北上し北海道の納沙布岬を過ぎて27日に消滅した。低気圧と高気圧が交互に発生し通過する秋の天気をJTWCも読めなかったようだ。
西表島東部の干立で用事を済まし帰途についたのが24日であった。干立集落の近くにある上原港から出る船は台風の影響で欠航、西表島を半周し大原港から石垣港へ向かう。AM9:20の大原港発第二便に乗船できた。これ以降は全て欠航となった。激しい揺れのなかシートベルトを着用し40分で石垣港に無事着いた。
伊豆諸島の八丈島近海で第1幸福丸が波に飲み込まれたのも24日から25日かけてである。奇跡的に3人が救助されたが船長が死亡、まだ4人が行方不明である。自然の怖さ「板子一枚下は地獄」を実感させられた秋台風であった。
2009年03月14日
大学教育センターのシロツメグサ
試験会場になった大学教育センター共通教育棟1号館西側の庭に咲いたシロツメグサ(別名:クローバー)である。
クローバーの花言葉。名声も富もいらない、満ち足りた愛と素晴らしい結果が欲しい。わたしを評価してくれる採点者が欲しい。たとえ奇跡だと言われてもいい“合格“という望みがかなうならば・・・
2009年03月01日
夢と希望を乗せ出発だ
わが英祖子も高校卒業だ。おめでとう!
父さんや母さん、それに2人の姉さんたちの背中を見てここまできたね。義務教育から高校まで卒業式を迎える度に自分が卒業するかのような寂しさを感じたものだ。
朝起きると朝刊の取り合いだったね、3人姉妹の中で一番文字に親しみ、社会の動きに関心を示したのが英祖子だった。
貪欲なまでの知識欲に感心する。この貪欲な気持ちを学習意欲に結びつけ、もっと高度な学問をして欲しい。それは幸せにきっと結びつくはずだ。飛びたて、自分の可能性をもっと信じて前に進もう!
2009年01月25日
みんな一緒に沖縄市へ
ものづくり体験の企画がよかった。寒い北風のなか屋外テントでは“黒糖づくり”、屋内では“織物体験教室”、“カンバッジづくり”が行われていた。ものづくりの感激は生涯の宝物だ。子供達の笑い声は周囲を元気にしてくれた。
沖縄市といえば“コザ”である。復帰直後まで唯一のカタカナの街であった。現在の人口133,568人(2008年9月)、県下第2位の都市である。
市域の36%が米軍基地であるが、まち興しにとってマイナスであることは誰もが知っている。復帰前の賑わいとは逆に“衰退”のイメージが強い。長い歴史の中で培ってきたチャンプルー文化には底ジカラを感じるし個性のある魅力的な人々がたくさんいる。商売繁盛、人が集まる元気な街になってほしい。
うちなーうまんちゅ鉄道の「ゆたかはじめ」さんが提唱している路面電車を沖縄市に走らせよう。「嘉手納基地を抱える沖縄市は,見方によれば大変大きな可能性を秘めている。東西を結ぶ広大な土地、4kmもある二つの滑走路、莫大な付加価値を持った財産が活用出来ることになる」、のだ。
2009年01月17日
試験キライって
試験会場の開門時間は8時。8時までには会場到着の予定であったがアッシーさんが寝ボスケで8時に起床。急いで会場へ向かう。58号線から左折すると東側に向かう、太陽がまぶしい。快晴である、寒さに弱いので陽射しが気持ちいい。
県内では那覇国際高校をはじめ13会場で試験が実施される。受験者の数は県内で5537人。優劣を競わせてこれだけの人間に順位をつけていく。試験がスキって人いるもんか!だいキライだ。でもガンバル!
センター試験は明日まで、苦手の理数系だ!英祖の子だ~明日もガンバルぞ~




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