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2012年01月16日

そこに山があるから

そこに山があるから

アルプス最大の氷河(アレッチ氷河

かつてプロの登山家が「そこに山があるから(Because it is there.)」と云い遠征隊を組み人跡未踏の頂上を目指した。

ユングフラウ鉄道

「そこに登山鉄道があるから」という理由で、健康に全く自信の無い身ではあるがスイス・アルプスの登山駅に挑戦(笑)してみた。

トップ・オブ・ヨーロッパ

ヨーロッパで最も高所にあるTOP_OF_EUROPEの駅に降り立った(2011/11/24)。海抜3454mの位置にある登山鉄道の終着駅ユングフラウヨッホである。

ベルナーオーバーラントの山

アルプスに囲まれたスイスでは登山鉄道の歴史が古い。100年前の1912年には登山鉄道が開通。アイガー、メンヒ両山の岩盤を掘りトンネルをつくりTOP_駅が完成したのだ。

山頂になびくスイス国旗

TOP_駅からさらに100m登る(3571m)。少し風があるが快晴である。オーバーラント三山の頂上が眼前に広がっている。スフィンクス展望台には"赤字に白のクロス"のスイス国旗が誇らしげにはためいていた。

Posted by ヒラミン at 01:00Comments(0)TrackBack(0)自然を歩く

2011年10月23日

夜が明け太陽が

司会はしんちゃん

結婚披露宴パーティー(10/8)。司会は沖縄を代表する芸人の一人“しんちゃん”こと津波信一さんである。手慣れた進行と絶妙な突っ込み、沖縄と他府県の習慣の違い等の説明を加えながら宴を盛り上げた。

舞台では職場を競うように余興が繰り広げられる。沖縄県外の参加者は初めて観る沖縄の結婚式余興に大喜びであった。

宴の二次会はぱいかじ

親戚の二次会は那覇新都心のぱいかじ。披露宴の疲れも見せず沖縄料理のぱいかじコースと呑み放題3時間。24名がぱいかじの一角を占め三線の生演奏で親戚の交流を深め、二次会の締めは博多祝い歌と博多手一本で御ひらきとなった。

三次会は夜明けまで

琉歌で歌うがごとく、祝いの宴が始まったら夜が明けるまで歌い踊り語り明かそうではないか。三次会は仏壇に線香を上げ結婚式が無事に終わったことを報告、福岡県からの土産、麦こうじ本格焼酎“一寸先は光”で乾杯することから始まった。(ニービチ疲れでKOだったけどね・・・)

かりゆしの遊び うち晴れてからや
  夜の明けて太陽の 上がるまでも


 Kariyushinu asibi uchihariti karaya
  Yunuakiti tidanu agaru madin

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2011年10月22日

ゆかる日ゆ撰でぃ

笑顔一杯の結婚式

結婚披露宴パーティー(10/8)。舞台から雛壇まで敷き詰められた赤絨毯、笑顔を振りまき入場。東京から駆けつけた友人。福岡県の親戚や友人、八重山の友人達が大挙かけつけ自分のことのように喜んでくれた。準備された25のテーブル、230名の笑顔が会場一杯に溢れていた。

映画25タイトルと名文句

両親のテーブルは映画「フェリーニの道」であった。テーブルには映画名が付けられていて、その場所に案内される。トランペットに花のイラスト、「この世には役に立ってないないものなんかひとつもないんだよ」と、印象的な言葉が添えられている。


ゆかる日ゆ撰でぃ

寿の舞は「かぎやで風」である。新婦の友人二人が舞い、父親と妹に従兄が加わり地謡を務めた。舞台では「今日の誇らしゃ」で歌ったが、稽古の場では結婚祝いの琉歌「ゆかる日を選でぃ」を何度も歌った。

「ゆかる日選でぃ 結でぃゆく御縁
 万代に栄る 祝いくみてぃ」


「よき日を選んで、かたい契りの縁を結びます。
 いついつまでも栄る 祝いをこめて。」

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2011年10月22日

挙式には祝砲を!

ガーデンチャペルで挙式

クリシチャンでも神仏信者でもない無宗教だからと人前結婚式(10/8)を選んだ二人。福岡と沖縄の親戚、県外から参列された友人等、新郎側24席、新婦側24席。大切な方々の前で永遠の愛を誓い、結婚を承諾していただく挙式なのだ。場所はハーバービューホテルの地下1階ガーデンチャペル。

我娘をエスコート

“ウエディングステップ”で娘をエスコート、1歩すすんで足を揃えるとてもゆっくりしたステップ、ワーグナー作曲、オペラ「ローエングリン」より「婚礼の合唱」が生演奏で流れる。このステップの為かと思わせる曲調である。花嫁のドレスを踏まないように歩を進め新郎と引き継ぐことができた。

愛の誓い

決して忘れない誓いの日とする。なにげない日常を楽しめる家庭にする。個々を尊重し互いを助け合い思いやりのある家庭を築く。双方の親を自分の親のように大切にする・・・緊張のなか丁寧に読み上げる愛の誓い。参列者を代表して双方の母親が壇上で承諾の署名をした。「愛の誓い」のその時、祝砲を思わせる花火が上がった。那覇まつり開会と同時期であった。

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2011年10月07日

台湾ジグソー

台湾ジグソー

台北から40km東北へ、バスで1時間程度で九份(chiufen)に着く。民芸品売場で見つけたのが台湾ジグソーである。台湾をいくつかのピースと呼ばれる小片に分け、ばらばらにしたものを再び組み立てたいと思った。

一番身近な外国

台風の語源は台湾の風だという台湾人が多い。台湾も沖縄も台風銀座に違いない。台湾滞在中の台風11号の情報地図である。地図を見ると、西表島は台北よりも南に位置しいる、与那国島からは見える程の距離だ。

金鉱山五番坑跡

台湾の小片で一番興味深いところが九份だった。帝国日本に支配された80年前、金の大鉱脈が発見され多数の鉱山労働者が暮らした街。賑やかな基山街(チーシャンチェ)の外れに寂しげに金鉱山五番坑跡があった。

賑やかな基山街(チーシャンチェ)

金鉱山の一角を昔の面影を残しながら復活した街、狭い坂道を下り人ごみを掻き分け石段を登る。赤い提灯が軒並みに連なり夏祭りの賑わいである。映画「非情城市」の舞台となり、ジブリの名作「千と千尋の神隠し」のモデルになった。映画人の創造力をかきたてるものがあるに違いない。

中華航空(チャイナ・エアライン121便)

円高メリットを生かし台湾に飛んだ。那覇から台北まで1時間20分程度で着いてしまう。機内食を食べ終えると着陸なのだ。初めての台湾である。台北、台中、高雄までの台湾縦断を楽しんだ。

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2011年08月21日

ゴーヤーを育て食べる(二)

ゴーヤーを育て食べる(二)

ゴーヤ3本収穫

大きいものから3本選んで収穫した。

半月切りゴーヤー

ゴーヤーを縦半分に切って種とワタを出し半月切りにした。1~2mmに薄切りしたものをサラダに、3~4mmに切ったものをチャンプルーに使う。塩少々で軽くもみ30分放置して水洗いして置く。

ゴーヤーチャンプルーを食べる。

フライパンに油をしき白ネギを弱火でいためる。ポークを加え火が通ったらゴーヤーを加える。酒、みりんを足し塩こしょうで味をととのえ最期に準備していたいり卵をチャンプルーして出来上がり。

初めてのゴーヤー

5月の種植え、害虫から苗を守り、朝晩の水遣り、暴風対策。プランター栽培といえども初めての野菜作りである。料理も含めて初めてづくしである。経塚のトモ君も呼んでゴーヤー祭だ~と大騒ぎ。何とも美味しいゴーヤーチャンプルーであった。

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2011年08月21日

ゴーヤーを育て食べる(一)

ゴーヤーを育て食べる(一)

ゴーヤーが芽を出した

ゴーヤーの日(5/8)に植えたゴーヤーの種。2週間ぐらいで種から芽を出し苗として育ち始めた。新芽をかたつむりが食べるので駆除剤(マイマイペレット498円)を使う、効果有り。

台風2号対策

台風2号(5/29)の対策として苗の両側にブロックを置き屋根をつくり強風に飛ばされない様にした。

プランターに移し変え

プランター(498円)と野菜の土(100円)を購入)し苗を移し変えた。元気な苗を選んで植えたので3週間ほどでスクスクと育った。台風6号(7/17)のときにはプランターごと室内に移動。

ネットにツルを伸ばす

DAISOで購入した野菜用ネット(180×360cm)を使い張り直す。15cm目合の網目をぬってツルが伸びていった。台風9号(8/4)のときはネットに巻きついたツルもプランターと一緒に室内に避難。

3ヶ月でこんなに大きく

収穫できる大きさに育った。台風9号の直前7月末から黄色い花が咲き始め身をつけ10cm以上のゴーヤーが6本程度ぶら下がっている。ゴーヤーの種植えから約3ヶ月である。

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2011年07月31日

都屋の板干瀬

読谷村都屋の板干瀬

都屋の海岸に広がるビーチロック

読谷村都屋の海岸には数十年から数千年の時を経て造り出されたビーチロックの景観が広がる。白い砂浜と波打ち際に広がるビーチロック(海浜岩)、リーフ(礁嶺)に守られる遠浅のイノー(礁池)。

火葬場近くに駐車

「大人は好奇心があり、子供には未来がある」大城会長の名言である。おきなわ石の会の7月定例会が7/16に行われた。不思議な石「ビーチロックの観察」に集まったのは好奇心旺盛な大人達と子供達。

場所は読谷村火葬場近く、リゾートホテルの横から浜に下り200mほど歩く。都屋の海岸でビーチロックの観察ができる。(地図google貼り付け


都屋のはぐち

沖縄口では板干瀬(イタビシ)と呼び琉球古典音楽の謝敷節(ジャジチブシ)で歌われている。「謝敷の板干瀬に打ち寄せては引き返す波は」と上句でうたい、「まるで美しい乙女の歯並びのようだ」と下句で結んでいる。

宝物を取り込む板干瀬

打ち寄せては引き返す波が砂を運び、温暖な気候が水分をとばし、炭酸カルシウムによって固められ板状に形成されたのが板干瀬。固められるときに時代の残存物も取り込むことがある、例えば貝塚時代の石器、戦争の砲弾であったりする。

マイクロアトール

板干瀬に取り込まれた宝物を探していると2つのマイクロアトール(小さな環礁)が見つかった。小さいのが3~4m、大きいのが5~6m。この海岸はサンゴの群体が成長する豊かな海浜だったのだ。

きのこ岩で休憩

干潮の時間14:02に合わせたので炎天下の観察会である。岩肌が波に削られ格好の隠れ場所、きのこ岩(ノッチ)が日陰をつくっている。休憩と水分補給。

読谷の自然に感動

参加した児童生徒からは「数千年かけて造られた板干瀬はスゴイ!」と感想。読谷村議の山城氏は「読谷の自然を改めて自覚した、この辺では開発の動きもある、西海岸で自然のビーチが残っているのは読谷だけ、この自然を守っていきたい」と挨拶。島人の宝は足元にある、読谷の自然に感動。

Posted by ヒラミン at 00:56Comments(0)TrackBack(0)自然を歩く

2011年07月17日

泡瀬16番センターコート

泡瀬の16番センターコート
泡瀬でテニス

 7月16日(土)泡瀬にある県総合運動公園でテニス。この一画だけで16面のコートがる。以前は赤土のクレーコートだったのが全面改修され全天候型砂入り人工芝舗装オムニコートに変わっている。一般の使用料が1時間につき390円、照明代が210円、19時から21時までの2時間で1200円だ。

16番センターコート

 今回借用したコートは16番センターコート。競技会があれば頂点に立つ選手のみがプレーできる場所だ。周囲には応援席もある。ナイターの灯りの下で贅沢にテニスを楽しんだ。参加者はユウタ、コウジ、オリト、ヨシキヨ、ヒラの5人。

ナイターで快適

 いつも使っている池原のコートだとナイターで2時間1400円だから、泡瀬の方が安い。時々はここを使ってもいいよね。いやホームグランドとしてもいいんじゃないだろうか。

Posted by ヒラミン at 17:37Comments(0)TrackBack(0)タマウチャー

2011年06月23日

悲しみの煙

悲しみの煙6/23

琉球新報速報(平和への思い継承

摩文仁が丘23日。線香の煙に満ちている。20万以上の尊い命を奪った戦争から66年という年月が過ぎた。戦前の軍国主義の亡霊は教科書の隙間からも顔をのぞかせる。老体に鞭打ち「反戦平和」を叫び続ける沖縄。悲しみの煙は今年も眼に痛い。

沖縄タイムス特別版(66年鎮魂の祈り

米軍基地の過重な負担を慚愧(ざんき)に堪えないと言いながら...2014年以降も世界一危険な普天間基地を沖縄に押し付けようとする我が国の総理大臣。慚愧という表現にどれほどの重みがあるのだろうか。

平和祈念堂

摩文仁の東側に平和祈念堂がある。高さが12mの伝統的漆工芸技法で造られた平和祈念像が堂内中央に座している。両手をあわせ平和を祈る仏像、堂内壁面には「戦争と平和」をテーマにした連作絵画20展が飾られている。

奉納演奏

「慰霊の日」を前にして6/19奉納演奏が行われた。おもろ謡、クェーナ、御座楽、湛水流古典音楽、琉球舞踊、混声合唱の各団体から演舞が奉納された。沖縄は戦後の苦しいときでも先祖から受け継いだ伝統芸能を守り発展させてきた。戦争の無い平和な社会が必要であることを念じ祈念する奉納演奏会であった。

Posted by ヒラミン at 19:24Comments(0)TrackBack(0)サンシンヒチャー

2011年06月06日

FUKUOKAの旅(六)

FUKUOKAの旅

最終日のランチ

ANA491便福岡発15:50。昼食を博多でとって空港に向かわなければならない。「福岡はうどん発祥の地、櫛田神社の近くに美味しいうどん屋さんがありますよ」と、福岡の親戚から情報、ランチは「かろのうろん」に決まりだ。

かろのうろん

「角のうどん」を「かろのうろん」と呼ぶようになったらしい。沖縄口(うちなーぐち)と似ている、「ろ」と「ど」の区別がつかないようだ。昆布ベースのだし汁が特徴のようだ愛着がわいてくる。

うろん屋さんのメニュー

五百円で食べられるメニューが多い、嬉しくなるネ。柔らかづくめで“とろこんぶ”とうどん、冷たか一口ビールという品書きに誘われてエビスビールを注文した。

スープまで完食

FUKUOKAの旅では肉料理から魚料理までたくさんのご馳走をいただいた。旅のおわりに食したのが実にやさしい素朴な味わいダシの効いた柔らか麺が胃にやさしい。血圧が高めでめったにスープを飲み干すことはないが完食である。

博多の豆知識vol.17(うどん、そば、まんじゅう発祥の地)
http://www.city.fukuoka.lg.jp/charm/mamechishiki/chishiki17.html

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2011年06月05日

FUKUOKAの旅(五)

FUKUOKAの旅

櫛田神社

博多にくれば総鎮守に参らねばなるまい。西暦757年の創建と伝えられる。

正面にある櫛田神社本殿

博多は山笠、山笠と言えば櫛田神社ということでやってきた。「博多祇園山笠」は、この神社への奉納行事。

博多山笠

高さが10mをこす飾り山笠が常設展示されている。わが従兄も生粋の博多ンモンの一人で赤手拭(てのごい)を巻き、舁き山で指揮棒をふるつわもの。毎年7月1日から15日まで行われる豪華で勇壮な山笠を見たいものだ。

奉納力石

江戸時代から奉納された力石は県指定有形文化財。歴代横綱が持ち上げた力石(ちからいし)が並ぶ奉納石、近年の若乃花・貴乃花・朝青龍などの奉納力石に触れることができる。沖縄にも似たような力石が御願毛や公民館にあったヨ!

「博多町家」ふるさと館

明治中期の町家を移築復元した「ふるさと館」。博多織の実演や博多の祭りや暮らしの解説展示コーナーなどがある。場所は櫛田神社のすぐお隣。

博多にわか道場

4/29~5/31の期間「ふてーがってえ生田徳兵衛と博多仁和加」展をやっており博多にわか道場を観ることができた。『俄狂言(にわかきょうげん)』の「にわか道場」は世相を笑い飛ばし最後にオチが付くという寸劇。

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2011年06月04日

FUKUOKAの旅(四)

FUKUOKAの旅

長浜の鮮魚市場

隣接する福岡市鮮魚市場は全国でも有数の鮮魚市場。海に開かれた福岡という地の利を生かし、日本で捕れた魚の他に中国・韓国など海外からもたくさんの魚が集まるという。市場会館の“おきよ食堂”で新しい親戚が顔を揃え夕食会を行った。

アラのコース料理

幻の高級魚アラのコース料理をご馳走になった。

懐かしのひれ酒

以前友人の結婚式で小倉を訪れたときに飲んだ“ひれ酒”の味が忘れられず事前にリクエストをしていた一品なのだ。

燗酒(かんざけ)にふぐの鰭(ひれ)

燗酒(かんざけ)にふぐの鰭(ひれ)をあぶり焼いて入れ蓋をして持ってくる。目の前で蓋を取りマッチの火をつけると蓋に溜まったアルコールがポッと燃え鰭の香ばしさがひろがる。懐かしい味それ以上だった。鰭を残したまま3回ほどおかわりができた。

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2011年05月31日

FUKUOKAの旅(三)

FUKUOKAの旅

西都大宰府(大宰府天満宮)

今から約1300年ほど前に置かれた役所「大宰府」の名に由来し、学問の神様として名高い菅原道真公をまつった太宰府天満宮にやってきた。

東風吹かば

東風吹かばにおいおこせよ梅の花あるじなしとて春なわすれそ』、京都を追われた道真公の後を追ってきた”飛び梅”伝説の和歌。“こちふかば”と流暢に読み上げるのは沖縄の人。沖縄では東風(こち)が日常的に使われるのだ。

天満宮の参道で梅ヶ枝餅

福岡の母上殿に買って頂いた熱々の梅ヶ枝餅のおいしかったこと!なるほど大宰府と言えば梅ヶ枝餅である。地元にも人気の“茶房きくち”。

光明禅寺(こうみょうぜんじ)

天満宮の南側、山門を出て路地に入ると光明禅寺の案内板と猿田彦大神 ( さるたひこおおかみ )道祖神の石碑(花崗岩)がたっている。

九州一の苔寺(光明禅寺)

猿田彦大神に道案内されて光明禅寺の山門にたどりつく。

仏光石庭(ふっこうせきてい)

山門を入って左側にある石庭。石を配して“光”の字を書いたという、石と白砂のバランス、遠近法で造った石垣。鎌倉時代の創建(1273年文永10年)だってョ!文化遺産だネ!

一滴海之庭(いってきかいのにわ)

苔で陸を、白砂で大海を表現した枯山水。茶室の横にある板間に座していると時間の経つのを忘れてしまう。案内してくれた福岡の兄上は時々ここにきて「たそがれ」術を楽しんでいるようだ。住職に閉館時間を告げられ大慌てで退所した。

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2011年05月31日

FUKUOKAの旅(二)

FUKUOKAの旅

布袋さんがお出迎え

商いのまち博多から深緑の霊場として知られる篠栗四国総本山の南蔵院へ向かう。出っ腹の布袋様がにこやかにお迎えしてくれる。友情の印に腹をさすってやった。

不動明王のにらみ

白装束のお遍路さんを横目に階段を登り広場に出る。11メートルもあるという不動明王の像が睨みをきかせている。幼い頃その形相に怯えたと云う、小さな子供の目から見ると天を突く鬼の姿に見えたのであろう。

世界最大のブロンズ涅槃像

世界一というブロンズ製の涅槃像(全長41m高さ11m重さ約300t)。涅槃像の下には親戚の伯母が眠る納骨堂が有りお線香をたいて挨拶をしてきた。

若杉山景観

篠栗には修行者が集う山岳信仰の若杉山がある。中腹あたりに茶房わらび野があった。博多湾から玄界灘まで見通せる景観の良い場所だ。

ステーキな昼食

”わらび野”でステーキな昼食と贅沢なエビスビール、薫り高いお茶でくつろぎ素敵な時間を過ごすことができた。

親戚と触れ合う

博多っ子でもなかなか来れないディープな福岡を楽しんでいる。春の桜、秋の紅葉、冬の雪景色また来てみたい篠栗だ。今回の旅の大きな目的は親戚との交流である。形式的になりがちな場ではあるが・・・ホッ!

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2011年05月28日

福岡が近くなった(一)

ようきんしゃたね!福岡へ

那覇から福岡空港まで864km。1時間35分で着いてしまう。新しい親戚を訪ねて福岡県にやってきた。「ようきんしゃったね!」親しく語りかけてくる優しい響きがする。

JR博多シティ

福岡空港から10分足らずで博多だ。九州新幹線も全線開通(3/12)し日本最大の駅ビルと噂のJR博多シティもオープン(3/3)した。この街の人口(約145万人)だけでも沖縄県の総人口(約139万人)を抜いてしまう人も街もでかいのだ。

博多のつばめ

博多駅で「つばめ」を見た
博多 - 鹿児島中央間は最速で1時間19分だという。夢の超特急だ。

春日市の富貴

老舗の和菓子屋さん”富貴(ふうき)”
博多を少し南に下って春日市に富貴がある。創業42年、お茶々万十本舗富貴として知られる和菓子の老舗である。

和菓子の和

富貴のこころに標されている。和菓子の和は心和む“和”、人の和を育む“和”、そして何よりも尊い平和の“和”。ご主人の暖かい御持て成しを受け、一の谷のご実家で歓待を受けた。人の和が広がる喜びを感ずるひと時であった。

お茶々万十本舗富貴
http://www.e-wagashi.jp/SHOP/1010.html
JR博多シティ
http://www.jrhakatacity.com/
九州新幹線つばめ
http://www.jrkyushu.co.jp/shinkansen/index.jsp

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2011年05月16日

道を歩けば石にあたる

道を歩けば石にあたる
普天満宮の石庭

「役に立たない石はない」。フェリーニの「」(映画)で旅芸人とジェルソミーナの会話に出てくるセリフである。フェリーニは人生を石に例えたが「石の会」では火成岩や堆積岩の物理的な「石」が対象である。

普天満宮

普天満宮の会議室で「おきなわ石の会」総会(5/14)があった。事業計画や会計収支が丁寧に報告審議された。ビーチロックの観察や大石林山などでの自然観察など魅力的な企画が隔月で今年も6回実施予定である。

石の会ブログ

石の会は、「石に関する全ての研究、観察等を通して自然の仕組みを知る」ことが目的で設立。現在登録138名で、家族を含め300名ほどの会員。案内郵送として、年間1,000円が必要。「興味の在る方は、共に身近な自然について学びませんか」と事務局では呼びかけている。

記念講演:「沖縄も地震どころですよ」

講師:大城逸朗先生
地球上の12のプレートの動きと地震には関係がある、沖縄の島々は確実に動いていることを電波望遠鏡VERA局の位置情報から説明できる、尖閣諸島は沖縄から離れハワイは沖縄に近づく。

石垣島電波望遠鏡

大東島は年間7~8cm西へ動き、石垣島は年間5~6cm東へ動いている。琉球海溝は最深部7500mもあり確実にひずみが蓄積されているのであろう。大城先生のにこやかな講演ではあるが内容には身震いする。

記念講演:「沖縄にも放射線はある」

講師:渡邊正俊先生
放射能と放射線の違いを解り易く説明。一般人が年間許容される線量が1mSv、この値を毎時に換算(÷365÷24)すると0.1μSvになる。

福島児童の被曝限度を年間20mSvに引き上げたことに抗議して小佐古敏荘東京大教授(放射線安全学)が内閣官房参与を辞任した。体重差のある子ども達を一律に決めることは大変危険なことであることが理解できる。

地球は大きな原子炉なのか地中深く微量な放射線を出している。宇宙からの放射線は人類誕生以来降り注いできた。自然放射線にはある程度耐性がある。今回の事故は原爆と同じ人工的な被曝という怖さがある。

今回の講演を「正しい情報を得て、科学的に恐れることが大事である!」と渡邊先生がまとめた。

Posted by ヒラミン at 19:38Comments(0)TrackBack(0)自然を歩く

2011年05月11日

梅雨に誘われ台風1号

梅雨に誘われ台風1号

台風1号の進路(気象庁

台風1号は南方海上で消滅するかと思いきや沖縄本島を突っ切って北上して行った。QABの報道によると「過去に台風1号が沖縄に接近したのは、1951年以降2001年の1回のみ。今回の接近はかなり珍しいものといえそう」。10年ぶりだそうだ!

梅雨どきのイジュ

写真は沖縄市倉敷のイジュ

例年より一週間も早くやってきた沖縄の梅雨(4/30)。早い梅雨に誘われて台風1号もやってきた。梅雨に誘われたのはイジュの花もまたおなじ。名護市の上原さん宅のイジュも満開のようだ。

イジュの花が満開 甘い香り漂わせる

琉球新報りゅうちゃんねるより
イジュの有名どころ、今年も花が満開のようです。週末にでも行ってみようかな!

Posted by ヒラミン at 23:14Comments(0)TrackBack(0)イジュの花

2011年05月08日

ゴーヤーの日

ゴーヤーの日(5/8)

読谷村喜名にオープンしたばかり(4/23)のJAおきなわファーマーズマーケット「ゆんた市場」で買って来たゴーヤーのたね。

小さなゴーヤー畑

「5=ゴー」「8=ヤー」の語呂合わせで、ちょうど日取りもいい。1m四方の土を掘り返しゴーヤーのたねを植えた。スコップと小さなクワを持って英祖子と共同作業、収穫が楽しみだ。

Posted by ヒラミン at 18:00Comments(0)TrackBack(0)home

2011年05月07日

三線から小さな黒い虫が

三線から小さな黒い虫が

西表島から持ち帰った三線、久しぶりにケースから取り出すと得体の知れない黒い虫が這い出してきた。身近の“物知り”に聞いても誰も判らない。

不明幼虫の問い合わせのための画像掲示板

群馬大学社会情報学部の青木繁伸教授が管理しているHP(幼虫図鑑)のなかに不明幼虫の問い合わせのための画像掲示板がある。ムシの名前を問い合わせると1時間ほどで回答が帰ってきた。

投稿者:ヒラミン 2011/05/03(Tue) 16:11 No. 24951
三線から黒い虫が

沖縄地方が梅雨入りした4月30日、半年振りに三線ケースを開けると小さな黒い虫がゾロゾロと出てきた。三線を分解するとニシキヘビの皮に張り付いていた。どこから来たどんな虫なのか、虫の名前は何というのか知りたい。

黒い虫写真

小さな黒い虫、比較的よく動いていた。拡大してみた。小さな毛が全体に生えている。

もう一枚写真

もう一枚拡大写真。種類が違うのか腹が赤っぽい。

投稿者:クプクプ 2011/05/03(Tue) 17:55 No. 24954
ヒメマルカツオブシムシ

ヒメマルカツオブシムシ
ヒラミンさん、こんにちは。甲虫のカツオブシムシ科の幼虫だと思います。本州では、ヒメマルカツオブシムシが代表的です。幼虫のは、特に乾いた昆虫の死骸を好みます。ヒラミンさんの写真の幼虫は、本州では見ない種類なので、南方系なのか、世界的な害虫なのか、どちらかだと思います。成虫はおそらく、かわいい甲虫だと思います。

投稿者:ヒラミン 2011/05/03(Tue) 22:51 No. 24960
ビニールで包んだ三線

クプクプさん、有難う御座います。三線仲間に聞いても判らず困っていました。幼虫の時期が300日ということはヘビ皮を食みながら1年ぐらい住み着いていたんでしょうか。1年前というと西表島にいましたので西表島のムシかも知れませんね。ムシが拡散しないようにビニールに包んで様子を見ています。

投稿者:クプクプ 2011/05/04(Wed) 17:26 No. 24967
ヒラミンさん、こんにちは。ヒメマルカツオブシムシは、部屋が清潔か不潔か関係なく、発生します。東京でも、部屋の中で、箱にえさが入っていても、発生するくらいです。ですから、西表島の虫が世代交代を繰り返しているのかもしれませんし、ヒラミンさんのお部屋で、産卵されたことも、考えられます。

駆除法としては、紙や木など、通気性のある箱に、ネオパラエース(パラジクロルベンゼン)と楽器を入れるという方法があります。この場合、入れすぎはよくないので、小さな箱にネオパラエースを4包か5包くらい入れればじゅうぶんだと思います。ビニールやプラスチックで密閉すると、化学反応のようなものが起きるので、オススメできません。

私は、音楽や楽器のことは素人ですので、楽器を大切にされて、できる範囲で、対応なさってください。

投稿者:ヒラミン 2011/05/07(Sat) 19:13 No. 24993
三線ケースに防虫剤

クプクプさん、ご丁寧にお教えいただき感謝です。近くの薬局でネオパラエースを購入し3包を黒い虫の住み着いた胴(チーガ)の近くに入れました。

防虫剤を入れる前に、目に見える範囲で黒い虫は全部とり払いました。虫の一部は密閉型のビニール袋に入れて三線仲間にも紹介をしています。感謝!

以上が「不明幼虫の問い合わせのための画像掲示板」とのやり取りである。ムシの名前が判ったことはとても嬉しいこと!質問したことに対して即座に回答を貰えた事はさらに感動!!

Posted by ヒラミン at 23:59Comments(0)TrackBack(0)サンシンヒチャー